更新日記

2023年1月28日

去年は年内に更新することができず、年が明けてしまいました。
2022年は、兄が「森沢洋介の話せる瞬間英作文 ビジネス:文法別」という参考書本を出しました。
私は表紙を描かせていただきました。
ピンク色の表紙で黒クマが笑っています。
英語教室のお年賀用カレンダーも作りました。
Play Room の etc.の2023年カレンダーに追加しました。
見ていただけるとうれしいです。
遅くなりましたが、みなさまの2023年が良い年でありますように。 

2021年12月31日

今年もなんとか1年に1回の更新作業ができました。
「etc. > その他」のカレンダーのページに、2022年カレンダーをアップしました。
見ていただけるとうれしいです。
兄が「NEWぐんぐん英語力がアップする音読パッケージトレーニング 中級レベル」という参考書本を出しました。
今回もカットを描かせてもらいました。
本屋さんで思い出したら見ていただけるとうれしいです。
オレンジ色の表紙で黒猫が笑っています。
みなさまの2022年が良い年でありますように。

2020年12月19日

年内でFlash Playerのサポートが終了するため、サイト全体をリニューアルしました。
デザイン的には変えていませんが、「Vector」と「Rastor」は、「Drawing」というページに、ひとつにまとめました。
「Theater」の動画データはmp4形式に変換しました。
swfファイルに比べてかなり重く、今までよりもさらに読み込みに時間がかかってしまいます。
「Play」 は「etc.」というページ名に変更しました。
Flashで作成した、インタラクティブな要素のあるデータは(お粗末なものですが)、私の手には負えなかったので削除しました。 一番気に入っていたQちゃんも泣く泣く削除しました。
「Link」のページの、アクセスできなくなっていたサイトは、勝手ながら削除させていただきました。
カウンターは以前の数を引き継ぎ、「128456」からはじめました。
約20年前にアップして以降、ホームページ関連の勉強を一切していなかったため、かなり手こずりました。考えたらCSSも知らずに、今までよくやってたなと思います。まだいまいちわかっていないんですけど。
「etc. > その他」のカレンダーのページに、2021年カレンダーをアップしました。
お暇な時にでも、見ていただけるとうれしいです。
みなさまの2021年が良い年でありますように。


2019年12月23日

年にたった1回の更新作業、今年もなんとか間に合いました。
Club Black Cat は Flash だらけのサイトですが、この Flash が2020年いっぱいで終了してしまいます。
どこからどう手を付ければいいのやら、、、、、 修正にだいぶ時間がかかりそうです。間に合うかな。
Play Room の etc. に 2020年教室用カレンダーを追加しました。
見ていただけるとうれしいです。
みなさまの2020年が良い年でありますように。

2018年12月31日

年にたった1回の更新作業のことを、最終日に思い出しました。
なんとか間に合ってよかったです。
兄が “バンバン話すための瞬間英作文「基本動詞」トレーニング”という参考書本を出しました。
今回もカットを描かせてもらいました。もし本屋さんで思い出したら見ていただけるとうれしいです。
金色の表紙で黒猫が手足を広げて飛び跳ねています。
Play Room の etc.に2019年度版教室用カレンダーを追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2017年12月25日

今年も残りわずか、平成何年だか覚える前に1年が終わります。
平成20年頃から、もう覚えるのはあきらめました。
元号が3つも変わると、元号の名称すら忘れてしまいそうです。
できれば覚えやすい名前にしてもらえると助かります。
なんでしたら忖度でもいいです。これなら忘れない自信があります。
今年もなんとか2018年度版教室用カレンダーを作ることができました。
Play Room の etc.に追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2016年12月30日

1年ぶりの更新です。
今年もカレンダーの更新のみになりました。
Play Room の etc.に 「2017年カレンダー」追加しました。
兄の英語教室のサイトのトップページに、毎月小さなアニメをのせています。
よろしければそちらも見ていただけるとうれしいです。
みなさまの2017年が良い年でありますように。

2015年12月25日

以前、動物占いというものがはやったことがありました。
この動物占いのパロディ版があったので、自分の生年月日を打ち込んでみたら、"あなたは渦を巻きて白き虚空に消えるモノです"と言われてしまいました。
当時はずいぶんだなと笑ったのですが、最近はしっくりきています。
~渦を巻きて白き虚空に消えるモノ~
声に出してみるといい感じです。
"あなたはライオンです"などと言われるより、ずっといい感じです。
本当に白き虚空に消えるその日まで、今のような長閑な暮らしが続けられたらなと、心から思う今日この頃です。
Play Room の etc.に 「2016年カレンダー」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2014年12月25日

2014年も残り1週間。
今年のカレンダーは卓上サイズにしました。高いインク代に見合うほどの絵が描けなかったので、初めて印刷所でプリントしてみました。
結局今年1年も、このカレンダーの絵しか描くことができませんでした。
足りないものを埋め合わせるかのように手芸三昧の日々を送っています。
Play Room の etc.に 「2015年カレンダー」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。
みなさまの2015年が良い年でありますように。

2013年1月14日

あけましておめでとうございます。
2013年はついに、一度も更新することができませんでした。
年々、絵を描くことが少なくなっていきます。
去年は、毎年作っている兄の英語教室の、お年賀用カレンダーの絵しか描くことができませんでした。
新しい年が明ける度に、毎月1枚ずつ、コンスタントに作っていこうと考えるのですが、結局半年過ぎても1枚も描けずということの繰り返しです。
夏休みの宿題を、8月31日にあわてふためいて片付けていたことを思い出します。
今年はがんばるのだぞおまえ、と言い聞かせているんですが、早くもへらへらとうすら笑いを浮かべている私がいます。
Play Room の etc.に 2014年カレンダー追加しました。
見ていただけるとうれしいです。
遅ればせながら、みなさまの2014年が良い年でありますように。

2012年12月12日

寒いですね。今年は長く続いた暑い夏と急に冷え込んだ冬の間で、秋がすっぽり抜け落ちてしまった感じがします。
早くも冬将軍お出ましで、匍匐前進で布団から這い出る日々です。
朝しょぼしょぼとパソコンに向かい、ヒットされないカタカナワードを検索します。
今日のワードは〝メルヘーメル〟〝ドンドデビリクス〟〝ニョニャクピー〟、、、
この辺で目が覚めてきます。
ここ数年、更新は年末の1回のみになってしまいました。
VectorRoom のイラストレータCS5のフォルダに「2013カレンダー」追加しました。見ていただけるとうれしいです。
みなさまの2013年が良い年でありますように。

2011年12月12日

寒空の下、家の近くのできるだけ高い場所に陣取って、1時間半近く皆既月食観察をしました。
こんなに長い時間お月様を眺めていたのは生まれてはじめてです。
強引にデジカメで撮影して、パラパラアニメ作りました。
家々を見下ろすと、同じように撮影しているのか、時々所々でカメラのストロボが光っていました。
月を見ていて思うのは、大昔の人もこのお月様を見ていたんだろうなあという事です。
流れるように続く時間の中で、月や海流や大地や森も、時間に溶け込んで途切れることなく続いているようですが、私たち人間一人一人はあまりに短くストロボの光のようです。
1日でも長く、このきれいなお月様を眺めていられますように。
今年もまた兄の英語教室のお年賀用に、2012年カレンダーを描きました。
VectorRoom のイラストレータCS5のフォルダに「2012カレンダー」として追加しました。見ていただけるとうれしいです。
みなさまの2012年が良い年でありますように。

2010年12月7日

ご無沙汰しております。1年ぶりの更新です。
今年もまた兄の英語教室のお年賀用に、2011年カレンダーを描きました。
VectorRoom のイラストレータ9.0のフォルダに「2011カレンダー」として追加しました。見ていただけるとうれしいです。
あっという間に過ぎた2010年。2011年もこんな調子で過ぎてしまいそうです。
みなさまの2011年が良い年でありますように。

2009年12月27日

ご無沙汰しております。1年ぶりの更新です。時が経つのは早いものです。
久しぶりに旅行しました。旅先で巨大鉄人に会いました。飛べばいいのになあと思いながらしばらく見ていました。
兄の英語教室のお年賀用に2010年カレンダーを描きました。
VectorRoom のイラストレータ9.0のフォルダに「2010カレンダー」として追加しました。見ていただけるとうれしいです。
兄が「みるみる英語力がアップする音読パッケージトレーニング」という参考書本を出したのですが、その本のカットを描かせてもらいました。もし本屋で思い出したら見ていただけるとうれしいです。薄紫色の表紙で黒猫が手をあげて笑っています。
さようなら2009年。みなさまどうぞ良いお年を。

2008年12月12日

ご無沙汰しております。2008年も終わりですね。ほぼ1年ぶりの更新です。
久しぶりにお絵かきしました。兄のやっている英語教室のお年賀用に描いたものです。
VectorRoom のイラストレータ9.0のフォルダに「2009年カレンダー」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。
ZIPで圧縮したプリント用のJPEGデータもありますので、よろしければダウンロードしてお使い下さい。
多分これが年内最後の更新になってしまうと思いますので、少し早いですが、みなさまどうぞ良いお年を。

2007年12月24日

ご無沙汰しております。2007年も終わりですね。
2000年問題などと騒いでいたのがつい昨日のことのようですが、もう7年も前の話です。
今年は何があったっけと振り返ってみました。私的な3大ニュースですが、まず8月の熱帯夜、睡眠中に窒息死しそうになったことです。翌日あわててエアコンを買いに行きました。こわかったです。今でも風邪気味で呼吸困難になるとあの夜の恐怖が蘇って軽くパニックになります。そして9月、めずらしく都心に台風が上陸した日の朝、実家の三毛猫が息を引き取ったことです。23年半生き、最期は母の腕に抱かれて死にました。家猫として幸せな一生だったのではないかと思います。そう信じたいです。3番目は、他にたいしたニュースが思い浮かばないことです。何やってたんだろうという後悔も残ります。死にかけたことと、死なれたこと。まあこれで十分といえば十分。2008年はどんな年になりますか。
久しぶりに短いアニメを作りました。TheaterRoom に「てっぺんの星」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。
それでは、どうぞみなさま良い年をお迎えください。

2006年12月24日

ご無沙汰しております。久しぶりにお絵かきしました。PlayRoom のetc.に「2007年ミニカレンダー」追加しました。見ていただけるとうれしいです。Lzh形式で圧縮したPDFデータもありますので、プリントしてお使いいただけます。よろしかったらどうぞ。
久しぶりに、といっても多少描いてはいました。英語教室をやっている兄が参考書本を出したのですが、その本のカットを描いていました。描いてみてしみじみ思ったのは、描こうと思ったこともない絵を描くのは思いの外難しいものだ、ということです。機嫌の悪い犬の絵を描こうと思ってはたと気づきました。犬が描けない‥‥。プロのイラストレータは描けない絵があってはいけないのです。イラストレータを目指さなくてよかったです。好きな猫の絵だけ描いていられますから。というわけで、参考書本のカットも猫だらけになってしまいました。もし本屋で思い出したら見ていただけるとうれしいです。「どんどん話すための瞬間英作文トレーニング」というタイトルの青い表紙で、黒猫が両手を広げています。
そんなこんなで2006年もあっという間に終わりです。2007年はどんな年になるんでしょうか。 どうぞみなさま良い年をお迎えください。

2006年5月31日

梅雨の季節がやってきました。待ちに待った梅雨到来です。でもそれはカエルたちにとってであり、私はちっともうれしくありません。
新しい傘と雨靴でも買ってもらったら、雨降りの日でもスキップ踏みたくなるんでしょうか。でもそれは子供たちにとってであり、私には効果なさそうです。
子供は歩きながら意味もなく足下の石を蹴ったり、道を蛇行しながら進んだり、突然片足で飛び跳ねたりと、道ひとつ歩くのもただ歩くだけじゃ物足りないようです。
もし大人がこんな歩き方をしたら、たちまち不審者と疑われてしまいます。だからこの季節が通りすぎるのを、じっと待つのみです。きっと雨の日の歩き方を忘れてしまったんですね。
LinkRoom にツフさんのサイト「ga:ga1010」追加しました。
TheaterRoom に「一日の終わりに」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2006年4月30日

会社の近くにペットショップがあります。前を通る度に、なんだか痛々しい気分になります。
子犬たちは、ガラス越しにちぎれるほど尾を振って痛々しいですし、そのガラスの隅っこに赤い太字でPrice Down!と書かれたシールが貼られていると、なおさら痛々しいです。
以前勤めていた会社の近くには鳥獣店がありました。鳥獣店とありますが、見たところセキセイインコばかりでした。でも鳥かごの天井に逆さまにぶら下がった状態まま、体をぐるっと半回転させてゆさゆさと揺れているインコは、なかなか獣っぽかったです。あれは遊んでいるのか、はたまたノイローゼなのか、とにかく足の付け根がどうなっているのか不思議でした。そしてそのお店の軒先には、夏が近づくと「クワガタ入荷しました」と書かれた短冊が下がりました。一週間ほど経つと、短冊にはクワガタの死骸がセロテープで留められます。死んでしまったクワガタを捨ててしまうのはもったいないと思ったのでしょうが、風を受けてくるくる回るクワガタは、これまた痛々しいものでした。ということで、痛々しいものを見たくなった時は迷わずペットショップです。

2006年3月31日

←エルモと 実家の三毛猫、今月17日で22の春を迎えました。人間だったらもう就職です。でも生まれた時から家猫なので、生涯楽隠居です。いいなあ。
22にして初めて素敵なボーイフレンドができました。エルモは時々弱々しい声でお腹がすいたよとか、ハンバーガーが好きだよとか、食べ物の話ばかりしています。それにしても猫は迷惑な時、本当に迷惑そうな顔をします。眉間にしわを寄せます。毛もじゃなのになかなか表情豊かです。
この三毛猫が今までに受けた苦難は、師走に終日木に登ったまま降りれなくなって肺炎になりかかった時と、爪が伸びて肉球に刺さってしまった時ぐらいでしょうか。そのくらいしか思い出せませんが、あと100年生きて言葉を解すようになったら、いろいろとぐちを聞かされるのかも知れません。こっちが生きてないですけどね。
TheaterRoom に「夜桜」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2006年2月28日

2月ももう終わり。早いですね。冬季オリンピックも終わってしまいました。寒さも少しずつゆるんできたようです。オリンピック盛り上がりましたか?競技を見ようとチャンネルを変えても、どこでも放送してないことが結構ありました。4年に一度しか開催されないビッグイベントだというのに、サスペンス劇場の再放送などやっているので拍子抜けです。
日本人はウィンタースポーツを楽しむ機会があまりないような気がします。割とお金のかかるスポーツというイメージもあります。私が親しんだウィンタースポーツといえば、唯一雪合戦です。雪合戦も種目に入れてほしいですね。もちろん雪玉に石を入れたら即退場です。冬季オリンピックに雪合戦をやるのなら、普通のオリンピックには追いかけっことか、かくれんぼなどやってほしいです。かくれんぼの中継は難しそうです。
TheaterRoom に「バイバイデイジー」追加しました。見ていただけるとうれしいです。PlayRoom の黒猫美術館にパウル・クレーの「忘れっぽい天使」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2006年1月31日

1月ももう終わり。1カ月あっという間ですね。これをあと11回繰り返すと1年も終わってしまいます。あっという間ですね。せっかちすぎですかね。
最近は、お正月に凧をあげるという習慣がなくなってしまったようです。車の松飾りなど、去年はそれでも2、3回見かけたものですが、今年はひとつも見ませんでした。
1年中手に入りやすくなった旬の食材といい、季節感が希薄になってきた今日この頃ですが、常に変わってゆくのが時代というものです。季節季節の風物詩というものも変わってゆくのでしょう。最近は年末の風物詩としてがっくり肩をおとした曙の姿というのが新たに加わったようです。
TheaterRoom に「ココペリ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年12月21日

記憶というのは頼りないものです。久々にウルトラQを見ましたが、ゴメスの顔があんなに毛だらけだったなんてびっくりです。平成何年なのかしっかりと覚える前に、今年ももう終わりです。
来年は戌年ですね。犬といえば、かつて子供たちは町のごろつき犬と友情を育んだものですが、今は町に犬の姿はありません。少年と犬が原っぱを走りまわれた時代は終わりました。少女たちが暗くなるまで花摘みに夢中になれた時代も終わりました。来年は今年より良い年だといいですけど。
PlayRoom の「etc.」に2006年の年賀状追加しました。以前PlayRoomにおいてあった「きせかえ」は「etc.」の中に移動しました。
それでは、皆様もどうぞよいお年をお迎えください。

2005年11月30日

今年もあとひと月で終わりです。1年が過ぎるのが本当に早いです。子供の頃は10年で過ぎた1年が、今は半年ほどで終わってしまいます。
1本の長い線がずっとのびていて、その線の上を大昔から現代まで、人々がぞわぞわと生きてきたとします。線は長く黒いです。その先端の今現在生きている人々の部分だけ、線の色は赤くなります。黒くながーい線上の、赤い部分は驚くほど短いです。赤い線は少しずつ前進します。いずれ私も黒い部分に留まるのだなあと思います。
“今”というのは、生きている人々の上に流れる時間のことを指すとしたら、このあまりに長い黒い線を見ていると、私の時間など瞬く間に終わってしまいそうで、時々、今生きている事自体を奇跡のように感じることがあります。だから来年は一日一日をもっと大切に過ごそう。
と毎年思うんですけどね。 TheaterRoom に「冬の星座」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年10月31日

私はお酒が飲めないのに辛党です。だから普段、家に甘い菓子類がほとんどありません。けれど、時々無性に食べたくなる時があります。それはなぜか大概深夜です。とりあえず探してみますが、粉をふいたチョコレートやコチコチの鈴カステラ等が見つかるくらいです。なので、そんな時のために棚の奥には常にホットケーキミックスを置いておくようにしています。ホットケーキお好きですか?
“ちびくろさんぼ”という絵本ではトラの溶けたバターでホットケーキを作ります。子供の頃、トラは溶けるとバターになってしまうんだとしばらくの間本気で信じていました。トラはめったなことでは溶けませんけどね。“ちびくろさんぼ”は黒人を差別しているということで絶版になりましたが、最近また再版されました。“ちびくろさんぼ”は子供のための絵本です。あの本を読んで子供の心に差別意識が植え付けられるようなことはないと思います。逆にわくわくさせるものはたくさんあります。とりわけ色使いは強烈です。原色があふれています。サンボはホットケーキを196枚食べます。子供には夢のようなお話です。第2話では鷲が大きな肉のかたまりをつかんで飛んでいる絵がありますが、これもまたぐっときました。←こういう肉。ぐっときませんか?
PlayRoomの黒猫美術館に「エッシャ-」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年9月30日

一五夜の前の晩のお月様は、雲もかからず大きくて見応えがありました。いつもより明るいベランダで、しばらく見とれてしまいました。
趣味で描いている私の絵には、度々お月様が登場します。好きなものしか描かないのでお月様はしょっちゅう顔を出します。同じ理由でカエルもよく出てきます。プロのイラストレーターは、どんな物でも描かなければいけないので頭が下がります。耕耘機のエンジンを修理しているイボイノシシを描いてくれと注文があったならば、描かなければいけないのです。描かなければならないうえに、描けなければいけないので大変です。
子供の頃に読んでとても印象に残っている「月夜とめがね」という童話があります。小川未明の作品はいつもどこか物悲しく独特の哀愁があります。それは幼い子供の未発達な感性に染み込んでいきやすいのかも知れません。私が時々お月様を描きたくなるのはきっとこの童話のせいです。
TheaterRoom に「お月様と一緒」追加しました。見ていただけるとうれしいです。
PlayRoomの黒猫美術館に「エッシャ-」追加しました。見ていただけるとうれしいです。


2005年8月29日

ベランダで育てていたミニトマト、随分実をつけました。おかげでこの夏は買う必要がありませんでした。水はもっぱら仕事から帰ってやるのですが、夜ベランダへ出ると、ちょくちょく蜘蛛の巣にひっかかります。昼間だったら大騒ぎですが、暗くて何も見えないのでへっちゃらです。蜘蛛にしてみれば、一瞬にして我が家が消えてなくなるので、きっとがっくりきています。
そろそろ、この場所は巣作りに向いてないんだな、とか気づきそうなものですが、懲りずに近くに巣を張ります。蜘蛛って馬鹿だな。と思ったところで、はたと気づきました。同一の蜘蛛が巣を張っているとは限らないわけです。昼間せっせと巣を張って、自分の仕事ぶりにニンマリしたりして、夜はそのハンモックでのんびり寝そべって涼んでいるところへ、突然快適な我が家が潰れ、両手で頭を押さえながら嘘だろ~またかよ~と叫び途方に暮れている、そんな蜘蛛の姿を思い描いていた単純な自分に気づき、蜘蛛を笑えないなと思いました。毒蜘蛛だったらそろそろ殺されかねないので、水やりは朝にしようかなと思っていたら、ミニトマト急に元気がなくなってしまいました。葉も茶色くなってきて、もうそろそろ終わりのようです。秋の虫の音色と入れ替わりに、ミニトマトは夏の舞台から静かに退場です。ごちそうさまでした。
PlayRoomの 幻灯 に「ブルーソーダ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年7月31日

先日、民間霊園初の樹木葬墓地ができたというニュースがありました。
樹木葬は、墓石の代わりに遺骨の上に樹木を植える埋葬法で、死後「自然に帰る」ことを望む人に人気のようです。この霊園では桜の木を植えるそうです。森や雑木林に設けられた樹木葬には滅多に足を踏み入れることはありませんが、霊園の樹木葬は帰り道に見えます。月光を浴びて満開の枝を広げている桜の木は、見慣れた墓石よりぐっと人々の想像力を刺激しそうです。そんな桜の下で、足を止めてしみじみできるのはきっと肉親だけでしょう。新たな怪談話も生まれそうです。「花に生まれ変わる仏たち」みなさん次に生まれ変わる予定などお立てでしょうか。私はまだ夏休みの予定すら立てていません。
よくよく見回してみれば、地球上無縁仏だらけです。ずっと昔、人を葬る時は、土葬が主流だったと思います。人は死後、地球にとてもやさしい養分になっていたはずです。地球が「もっと人間を~」と恨めしげにつぶやく、そんなホラー小説あってもよさそうです。映画化された時のポスターのコピーは「今宵の地球は血に飢えている・・・」です。
LinkRoom にtomo さんのサイト「はろー!まりん☆」追加しました。
TheaterRoom に「赤いロボット」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年6月30日

雨は嫌いです。雨が降って喜ぶのはカエルぐらいじゃないでしょうか。
雨は嫌いですが、カエルは好きです。
以前、日光の両生類研究所という施設を訪ねた時に、そこで、人差し指の第一関節ほどの大きさの、真っ黒いやせっぽちのカエルが、大の字になって寝ているのを見たことがあります。長い手足を伸ばしたその姿はとても人間臭かったです。
水槽の中とはいえ、ずいぶん警戒心のないカエルだなと思いました。仰向けで大の字です。これ以上ないほどのリラックスぶりです。しばらく見ていたのですが、いつまで待っても微動だにしません。もしやこれは死んでるのかと思い、いったんその場を離れました。施設を出る前に気になって、もう一度引き返してみると、カエルは、大の字のままで、今度はうつ伏せになっていました。目を離した隙に、ごろりと寝返りをうったようです。
もう随分前の話で記憶も曖昧ですが、日光の両生類研究所は、研究所と呼ぶにはちょっと戸惑うプレハブ小屋のような施設でした。入り口で出迎えてくれたのは子守ガエル。それから黒くてちっこいカエル、まっぷたつに切断されたオオサンショウウオ。あの人間臭いカエル、あのままずっと見ていたら、腕枕をして寝る姿も見られたのかも知れません。いずれにしろ今はもういないのでしょうね。梅雨時になると思い出します。指先ほどのカエルが人の記憶にこんなに残るなんて、体の大きさとはうらはらになかなかなやつです。
LinkRoom にzoosuke さんのサイト「ちきゅうのいき」追加しました。
TheaterRoom に「雨の日の過ごし方」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年5月30日

←先日実家へ帰った時に、母親からミニトマトの鉢植えを持たされました。
実家の庭は、小さいながらも色とりどりの花が咲いてきれいですが、我が家のベランダときたら以前持たされた鉢がひとつあるきりです。枯れ木が一本刺さっていて、何の鉢だったのかも思い出せません。
どうも生き物の面倒を見るのが苦手です。猫のように人の足をかじってご飯を催促するようなコミュニケーション能力のある動物なら、なんとか応えることができるのですが、非常に静かな生き物は、ついその存在を忘れがちです。
ミドリガメ、どじょう、おたまじゃくし、アリ、アリジゴク、、、私が見殺しにしてきた生き物の数々です。ミニトマトもとても無口です。仕事から帰って水をやっても、お帰りも言ってくれません。多分、この手の生き物の面倒を見るというのは、こちらから話しかけてやることなのだなと思い、試しにやってみました。暗がりにしゃがみ込んで、ただいま、今日はいい天気だったね、何してたの? きっと眠っているんでしょう。いつも返事はありません。私もミニトマトに負けないくらい無口なので、話しかける言葉がなかなか見つかりません。最近は、ほーら水だよーが決まり文句になってしまいました。それでもなんとか、緑色の可愛い実がなりました。
カラカラにひからびたミドリガメを土に埋めてから幾年月、私もあの頃よりは成長したはずです。今度こそ実を赤く実らせて、全部食べてやろうと思っています。
TheaterRoom に「昨日お会いしましょう」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年4月29日

最近、ぼんやりテレビを見ている時間が惜しいので、そんな時はちくちくと手縫いでテディベアを縫っています。
“人形は顔が命”という通り、テディも当然顔が命です。気に入った顔がうまく作れないので、頭部ばかり作っています。型紙を少しずつ変えて作りますが、綿を詰める手加減、使用する生地の風合いなどによって、同じ型紙でも感じが変わります。うまくいったかなと思っても、左右から両手でぐうーっと押さえると、途端に面長の顔になってしまったりして、顔を作るという作業はなかなか微妙です。おかげでそこらじゅうテディの首がゴロゴロゴロゴロ。果たして胴体がつくのがいつになることやら、見上げるテディの表情もどことなく恨めしげです。
ついでに黒猫も作ってみました。直立します。震度1ぐらいで倒れます。
PlayRoom の黒猫美術館に「ゴッホ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年3月31日

今年の桜。河津桜(かわずざくら)という桜です。
自転車で町中を走れば、花のやさしい香りがしてきます。思いきり吸い込めばとたんに大きなくしゃみがでますが、それも含めて一日一日春らしくなってきた今日この頃です。
実家の三毛猫も無事21歳を迎えることができました。最近では、もう一生死なないのではないかという気がしてきました。本人もそう思っているのではないかという気もしてきました。
LinkRoom にegaonomotoさんの「ねいのホコラ」追加しました。TheaterRoom に「夜の訪問者」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年2月26日

公園に捨てられていたプー。淋しげな微笑みを浮かべています。
今はもういません。
会社へ行く途中にカツ屋さんがあります。店先にはピンク色の小さなブタのぬいぐるみが、片手をあげて立っています。はにかんだような顔が愛らしいので、私は毎朝そのブタに会うのが楽しみです。
ブタのぬいぐるみは何も言いませんが、何かセリフを言わせるとしたら「僕おいしいよ」でしょうか。片手をあげて、はにかみながら「僕を食べてね」。
ステーキ屋の軒先ではよく、ナイフとフォークを振り上げた牛がよだれを垂らさんばかりに満面の笑みを浮かべていますが、あれは共食いですね。記号的表現で分かりやすいですが、けっこうブラックです。それにしても2月はあっという間に終わってしまいます。雪があと何回降ったら春でしょう。
PlayRoom の黒猫美術館に「ベックリーン」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2005年1月31日

先日ニュースを読んでいたら、単純に攻撃回数が多く暴力描写が過激なだけのゲームよりも、かっこいい正義の味方のヒーローが出てきて敵を倒すゲームで遊ぶ子供の方が、攻撃性を高める可能性がある、という記事がありました。プレーヤーの子供がヒーローと自己同一視しやすいためだそうです。ぼんやりと敵を倒しまくっているより、悪者を倒すという大義名分があるだけ暴力を正当化しやすいようです。でも小さな男の子なんて、ヒーローがどれだけ敵を倒そうが、倒れた敵を優しく抱き起こそうが、関係なく攻撃的な生き物だと思います。昆虫の羽なんか、もうむしらずにはいられないんです。そんな生き物です。
私も小さい頃はヒーローものを夢中で見ました。ウルトラマンシリーズはQから見ていました。でも自己同一視という点でいえば、明らかに怪獣の方に傾いていましたけど。そういえばQではヒーローは不在でした。怪獣がスペシャルゲストです。一度、使い終わったカネゴンをくださいと、円谷プロにハガキを出したことがあります。兄はゴメスをおねだりしてました。兄妹そろって図々しいです。
ヒーローもののストーリー展開といえば、地球を荒らし回る怪獣を、最後にヒーローが派手に倒して大団円というのが基本です。一度シーボーズという、地球に落ちてきた迷子の怪獣が出てくる話がありました。ウルトラマンがいつものように攻撃するのですが、シーボーズは怪獣にあるまじき反応で戦闘意欲ゼロ。徹底的に逃げ回ります。夕焼け空を見上げて空に帰りたいと鳴きます。それはそれは悲しげな鳴き声でした。結局ウルトラマンは、スペシウム光線は使わずにシーボーズを宇宙へ連れて帰りました。思えばウルトラマン自身度々、自分が倒した怪獣達に心を痛めていました。ジャミラなど涙なくしては見られません。あんな壮絶な死に様はないです。あの時代は子供だましなんてちらりとも思わない大人達が、子供達のために良質な作品を作っていた気がします。今はヒーロー役に主婦が喜ぶようなイケメンまで探さなくてはいけないので大変そうです。
LinkRoom にミネオニノさんの「ひなたね わーるど」とC・Sさんの「LUNAJUNE」追加しました。
TheaterRoom に「暖炉でたきぎを」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2004年12月30日

スケジュール通り仕事納めの日に無事仕事が終わったので、目覚まし時計をオフにして寝ました。翌日目が覚めたらお昼過ぎでした。フラフラと起きてカーテンを開けると、うそのような銀世界です。これが仕事のある日だと、駅まで雪の中歩いて行かなくてはならないので気が滅入ります。でも今日からしばらく休みだと思うと、途端に爽快な気分です。たいした買い物もないのに出かけてみました。まだ誰も踏みしめていない雪の上を歩いて、点々と残る足跡を振り返ってみます。子供の頃はこれが楽しみで、雪が降ると朝一番で飛び出していったものです。まっさらの雪に自分の足跡がつくだけできゃっきゃと大喜びできるなんて、子供は幸せです。思えばあの頃は、雪が降るこの季節が一番好きでした。いつからそれほど冬が好きでなくなったのか。たぶん、なりふり構わず雪の中を駆け回れなくなってからだと思います。
今年は1年あっと言う間に過ぎてしまいました。月日の経過は歳をとるほどに加速します。これはなんの法則なのでしょう。来年は何と言う間に過ぎてしまうのか。あっと言う以上に短い言葉がないです。“っ”でいいか。お正月はただひたすらだらだらと過ごそうと思います。
どうぞ皆様もよいお年をお迎えください。
PlayRoomの黒猫美術館に「ムンク」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年11月30日

巷にはそろそろ定番のクリスマスソングが流れる頃です。
山下達郎の曲などはもう20年ほど前のものではないでしょうか。クリスマスに限らずそれくらい前の曲が、なんの違和感もなく町中に流れています。20年も前の曲なんてかつては懐メロと呼ばれていました。懐メロといえば、もうほんとに懐メロで、子供の頃「あこがれのハワイ航路」とか「無法松の一生」など聞くと隔世の感が強く、ああほんとにひと時代前の音楽であることよなあという感じでした。最近は歌は世につれず世は歌につれずという感じがします。
この時期、ずっと変わらないものでほっとするものがあります。家々の窓辺でカーテン越しに、ツリーのライトが点滅しているのが見えると、ほのぼのと幸せな気分になります。私もそろそろ小さなツリーを出して飾ろうと思います。
PlayRoomの黒猫美術館に「エルテ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年10月31日

クリスマスケーキのご予約はお済みでしょうか。パン屋さんの店頭に予約のポスターが貼られていました。まだ秋らしい秋も味わっていない内に早クリスマスです。今年の秋は雨ばかり続く憂鬱な秋です。雨はきらいです。傘を差して自転車に乗るのは命がけですし、なによりお月様の姿が見えません。お月様はいいですね。お月様はいつの時代にも人々の上に浮かんできました。上空に高くぽっかり昇ったお月様より、山の端やビルの影に寄り添うように浮かぶお月様の方が、その姿が大きく見えます。まるで、時々私たちの近くに降りてきてくれるみたいです。
月のきれいな晩に、思わず足を止めて眺めてしまう時、月の引力は人間にも不思議な力を及ぼしているんだろうなあと感じます。
11月こそはお月様がよく似合う、静かな秋が来てくれたらなと思います。
TheaterRoomに「夜とあなたと満月と」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年9月29日

←今年のカエル。9月に遅めの夏休みをとって、実家でのんびりしてきました。
海以外にはホームセンターとパチンコ屋さんばかりなので、のんびりする以外にすることがありません。1日だけ釣りをして、きれいな色の海草を釣りました。
釣りをする場所の近くに「魚類食堂」という名のお店があります。どう見ても飲食店の構えとは思えない、今にも崩れそうなプレハブ小屋です。そして「魚類」という言葉の響きは、食欲をがくっと減退させます。魚類という言葉と店の佇まいは、とても好奇心をそそりますが、人の出入りしている気配が全くないので、どうも気後れして入れません。
最近、このお店の名前が変わりました。「魚類食堂」改め「百万石魚類」。大きく出ました。
お店の名前を変えるほど何か問題があるとしたら、それは「魚類」なのではないかと思うのですが、このお店のご主人はそれだけは譲れなかったようです。もしかしたら、いざ中へ入ってみると新鮮な魚が勢揃いで、地元では評判のお店だったりして、等とありえない想像をしてしまいます。
百万石がついて魚類感はグレードアップしましたが、肝心の食堂が取れてしまっては、初めて訪れた人にはその佇まいからは、もう何屋さんなのだかさっぱりわかりません。
今度魚釣りに行った時に、店の名の魚類感がどう進化しているか、なんとなく楽しみではあります。そんなことが楽しみになるほど、実家の方はのんびりとしていて、毎年カエルなど撮って帰ってきます。
TheaterRoomに「丘の上にて」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年8月25日

さすがの猛暑もスタミナ切れのようですね。虫の音もぐっと秋めいてきました。
気がつけば8月もそろそろお終いです。子供たちの大好きな夏休みもお終いです。宿題無事終えたのでしょうか。私はいつも31日にまとめて片づけていました。夏休みが始まった頃はもうワクワクして、ラジオ体操も張り切って飛んで行きました。絵日記も最初の頃は気合いが入っています。ただ子供が夏休みにやることなんて終日友達と遊びまわるぐらいなので、そんな話ばかり描いてると飽きてきます。直にぐずぐずです。ラジオ体操は寝坊して行かなくなります。最後までスタンプ押してもらったことがありません。そんなこんなで夏休みの宿題は31日にまとめてやりました。絵日記の絵も引き出し線の説明付き細密描写からさっぱりした抽象画に変わってます。読書感想文もあらすじに毛がはえた程度です。約一ヶ月分を1日でやっつけるのですから、思えばよくできたものです。あの試練を乗り越えるために私の夏休みはあったのかもしれません。
大人になった今でも、夏休みの季節は大好きです。子供たちがいない分電車がゆったりするのと、宿題がないからです。
PlayRoomに「黒猫美術館」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年7月30日

暑いですね。家のエアコンが壊れたので、頼りは扇風機だけです。この暑さにエアコン無しの生活はなかなかつらいです。今日はセミが網戸まできて鳴いていました。こう暑いと、喧嘩売られているような気がしないでもないです。常に扇風機を回していますが、ひとたび送風圏外に出ると一気に汗が噴き出します。体中ベトベトで飴になった気分です。舐めるとまずいです。小鳥のような扇風機をいつも肩にとまらせておきたいです。
TheaterRoomに「たとえあなたがいなくても」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年6月30日

もう1年以上エアコンが壊れたままです。
去年は冷夏でしたが、今年の夏は暑そうです。エアコンなしでこの夏をどう乗り切ろうか・・・。今のところ扇風機ひとつで立ち向かうつもりです。
子供の頃は夏といえば家を飛び出していって、一日中飛び回っていた記憶があります(おなかがすくと家に戻ります)。大人になると、どうしてこうもグッタリしてしまうのか不思議です。子供は体の表面積が小さいので、大人ほど暑さを感じないのでしょうか。背丈が低いというのも何か関連がありそうです。大人よりもより地上に近いところで暮らしているわけです。そういえば昔駆けまわった森の地面はひんやりしていました。
ふと気づくと、朝起きて出勤し家へ帰ってくる間、一度も土を踏まずに生活しています。見まわすと、私の暮らす町には土の地面がありません。僅かに残った畑や、とってつけたような公園にあるくらいで、毎日歩く道はすべてアスファルトです。夏休みは久しぶりに、土の道を見つけて歩いてみようかなあと思います。
PlayRoomの「猫かるた」に「い」と「お」と「こ」追加しました。読み込み時間が長いのでお暇な時にでも見ていただけるとうれしいです。

2004年5月30日

お布団を干すのが好きです。休日の晴天の日に、お日様をたっぷり吸い込んだ布団を、ハタキでばしばしと叩きます。町の中からも同じ音が響いてきます。天気の良い日は、どこでもお布団はばしばしと叩かれる運命なのです。
あるすさまじい強風の日でした。最初は天気が良かったので、いつものように布団を干していました。突然、異様な音がするので外を見ると、先程まで晴れていた空はにわかにかき曇り、風が吹き荒れまるで嵐です。その急激な変わりようは、非現実的な感じさえしました。あわててベランダに出て、まずは掛け布団だと思い(軽いから飛びやすい気がしました)掛け布団を取り入れ、さあ次は敷き布団と振り返ると、その姿は忽然と消えていました。家のベランダは風を受けやすくちょっとした風でもよく飛びます。飛ぶといっても下のお庭に落ちてしまうくらいです。当然今回も下に落ちていると思い見下ろすと、そこにはありません。その時私の視野の端っこに何か動くものがあるので、そちらへ首をねじ曲げてみると、掛け布団が空中をふわふわと飛んでいきます。掛け布団にしてはかなり上空をゆっくりとした速度を保ったまま飛んでいきます。なんだかのどかに、手があったら私に向かって振りそうです。鼠色の空と巻き上げられた黄色っぽい砂塵の中を飛んでゆく掛け布団は、まるでアラビアンナイトの魔法の絨毯のようでした。神秘的なその光景に思わず見とれましたが、普段自分が寝ている布団が華々しく町中を飛び回っているのは、ちょっと恥ずかしいです。あわてて取りに駆けつけると、駄々をこねる子供のように地面をごろごろと転がっていました。家に帰ってからハタキでばしばしと叩きましたが、お仕置きをしている気分でした。
もうじきに梅雨入りです。あまりお布団が干せなくなります。
TheaterRoomに「テディ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年4月30日

桜、散ってしまいましたね。
あれだけ大きな木に、あれほどたくさんの花をつける木は、あまり見かけません。町中でそんな桜を見ると、思わず足を止めてしまいます。
駅へ向かう途中にしだれ桜の木が一本あります。しだれ桜は他の桜よりも開花が遅いのでしょうか。毎年毎年、今年はもう咲かないのかしらと心配になるほどです。そんなある夜、自転車でいつもの道を走っていると、いっせいにほころんだ花をつけたしだれ桜が、突然姿を現します。それはまるで手品のようです。この手品を毎年楽しみにしている人が、私以外にもたくさんいるのだと思います。私はこのしだれ桜の真下で自転車を止めて見上げるのが好きです。それから、通り過ぎた後にもう一度自転車を止めて、振り返ってみるのも好きです。
TheaterRoomに「たんぽぽ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年3月31日

←実家の三毛猫(兄撮影)。この春、目出度く二十歳になりました。煙草もOK。
人間だったら100歳はいってます。まだまだ歯もそろってて丈夫です。食欲もあります。時々絶叫します。とても老猫とは思えません。でも先日玄関で踏ん張っていたそうです。トイレが二階にあるので階段を登るのが面倒だったのだと思います。我が家にいた猫達の中で唯一ノブを回してドアを開けることのできる頭のいい猫なので、たぶんボケたのではなく、確信犯です。そういうやつです。
ところで、私は音域が3つぐらいしかないので滅多に歌を歌うことなどないのですが、そんな私でも時々掃除機をかけたりしていると、つい口ずさんでしまう歌があります。森の音楽家という童謡です。この歌の歌詞にはバイオリン弾きのりすが出てきますが、このりすは曲者です。♪わたしゃ音楽家森のこりす, 上手にバイオリン弾いてみましょ♪ ぼんやり歌っていると、このこりすはつぶらな瞳のかわいらしい子供のりすを想像しますが、自分のことを「わたしゃ」と言っています。「わたしゃ」という一人称はなかなか子供は使いません。わたしゃねえー、戦後命からがら大陸から引き揚げてきましてなあー。こんなふうにかなりの高齢者が使う言葉です。だからこのこりすは、体の小さい年寄りの小りすということになります。この歌を口ずさんでいる時、私の頭の中でバイオリンを弾いているこりすは、戦後のどさくさをがむしゃらに働いて家族を養い、心優しくも強かに人生を生きてきた老小りすの姿です。孫500匹くらいかな。
高齢者特有の言葉遣いというものがありますが(~じゃのう、~ですわい、等々)、自分が高齢者になった時、そろそろ寝るとするかのう・・・なんてガンガン言いたいと思っています。
いつの間にやら早4月です。去年の暮れベクタールームに載せたカレンダーのダウンロードデータを今月中にはずす予定です。
TheaterRoomに「ご招待」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2004年2月29日

久しぶりにPLAY ROOM(プレイルーム)の幻灯に新作「からす」アップしました。
ここに出てくる子供たちのように、小さい頃は真っ暗になるまで遊んでいてよく叱られたものです。影法師がどんどん長くなって、あわてて家まで駈けて戻ると、母親達が家の前で仁王立ちで待ちかまえています。ぱしっと頭を叩かれながらめいめい家へ帰ります。 通っていた小学校の正門前では、時々露店が出ていました。下校時間におじさんがひとり地べたに座って、花札大の繋がったカードをばらばらっと広げる度にその絵柄が変わるという、なにやら胡散臭いものを売っていました。親や先生からはそこには絶対に寄ってはいけない、ついて行くとさらわれるよときつく注意されていたので、いつも足早に通り過ぎました。それでもみんなと一緒に下校すればへっちゃらです。恐いもの見たさで見てしまいます。友達の背中に隠れてちらっと見たおじさんは痩せぎすで、大きな黒いカラスのようで、子供だった私は、これが人さらいかあとしみじみ思った記憶があります。と同時に、この人も家に帰れば私と同い年ぐらいの子供がいるのかな、男の子かな、女の子かな、さらってきた子も一緒に暮らしているのかな、などと思ったものです。今の時代、小学校の門前で堂々と露店を広げるなんて、考えられない事だろうと思います。
時々赤い夕焼けの中の、影絵のような露店を思い出します。そして、あのおじさんはまだ生きているだろうか、子供たちは大きくなっただろうかと思ったりします。

2004年1月31日

最近、読書はもっぱら、会社帰りの電車の中で揺られながらです。
朝、吊革につかまりながら読書していて気絶したことがあります。満員電車の中で大の字です。迷惑な話です。以来行きの電車の中ではぜったいしません。寝不足はいけませんね。
家の近くには図書館の分室があります。なんせ分室なもので、蔵書数も6万冊程度の小さな図書室です。人が生まれてからすぐに読書を始め、齢80まで1日1冊読んだとして、一生の間に読める本の数は3万冊弱です。あの悲しいほどちっこいちっこい図書室の、半分に満たない数なのです。
小さな町の小さな図書室に佇み、スチール棚を見上げながら、自分がずいぶん長生きしても、ここに置いてある本を読むことができないのだなあと思うと愕然とします。喪失感すら感じます。最初から得てもいないものを失った喪失感です。こうなるとこれからは、読む本を慎重に選ぶ必要があるようです。本にしたって、ヴィトゲンシュタインの論理哲学からスマップの料理本まで様々です。といって私がヴィトゲンシュタインを読んだところで理解できるかどうか怪しいです。ヴィトゲンシュタインを読む必要などはたしてあるのか。私がヴィトゲンシュタインを読み損ねるということは、うつむいて歩いていたために道ですれ違った見知らぬ人の顔を見損ねるのと同じようなものかも知れません。それでも振り返って見てしまうことがあります。なんかへんてこな顔の人だった気がする、見ておけばよかった、などと。
よし、明日は本屋さんへ行って以前から読もう読もうと思っていた本を買ってこよう!と思いながらも、テーブルの上にはまだ未読のソフトウェアのマニュアル本がずっしりと積まれたままなのです。まずはこいつからか。
TheaterRoomに「三日月」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2003年12月23日

←衝動買いしたガラス製のクリスマスツリー。色んなものがぶら下がっています。
子供の頃、家に飾ってあったツリーは、当時のわたしの背丈より高いものでした。きらきらしたものやピカピカしたものが散りばめられて、もう目を見張るほどでした。最近はあまり見かけなくなりましたが、ツリーに下げるデコレーションのひとつにモールでできたサンタクロースがありました。我が家のツリーにはトナカイはひとつしかなかったのに、このサンタは10人以上ぶら下がっていました。サンタは1本のモールをねじ曲げて作ってあり、妙に生々しい顔のお面がくっついています。二等身です。じっと見ていると、結構恐かったです。人は死ぬ直前に走馬燈のように過去の出来事を思い出すといいますが、わたしのその時には、なんだかこのサンタも出てくるような気がします。
そのほかのデコレーションのひとつに、銀色の紙で包まれたプレゼントの箱がありました。赤いリボンで飾られたぴかぴか光るその小箱は、特別なもののようでした。こっそり兄と二人でその箱を開けてみましたが、ただの飾りなので当然中には何も入っていません。もう一度銀紙でくるみ、リボンをかけ、もとの枝に戻しましたが、何故かすぐに母親にばれました。中に何が入っていると期待して、あんな事をしたのかは覚えていませんが、何かが入っていると信じていたようです。耳元で振ったらカサカサ音がしたのかも知れません。コピットゲームの駒でもなんでもいいから、何かしら入っていたら大事にしただろうと思います。
みなさんのお宅ではどんなツリー飾りましたか?
2003年ももうおしまいですね。どうぞ良いお年をお迎えください。
VectorRoomの2004年ミニカレンダー完成させました。見ていただけるとうれしいです。

2003年11月30日

スピルバーグはお好きですか?
久しぶりにビデオ屋さんへ行ったのですが、何もめぼしいものがなかったのでA.I.を借りてきました。
スピルバーグ作品はどうも苦手です。インディ・ジョーンズは退屈でしたし、それ以降の諸々の作品も感傷的な演出過多でじめっとします。一人でビデオを観ていても辛いですから、映画館でみんなで観ていたらさぞかし居心地の悪いものを感じるだろうと思います。逆にわざわざ映画館まで行ってスピルバーグ作品を観るという人々は、できればみんなで手でも握り合って観たいのではないか、と思えるほどです。そんなスピルバーグ作品の中でA.I.はめずらしく楽しめました。おもしろかった理由の大半はテディの存在です。テディがいたらいいですね。仕事から帰って玄関開けると廊下の先にテディがひょいっと顔を出すんです。あの微妙な重力でやや浮遊気味にトトトトとこちらに駆けてきて、体が小さくなればなる程かん高くなるという約束を見事に裏切った野太い声で“お帰り”と言ってくれるんです。わたしは“ただいまテディ”とやさしく頭を撫で、時々は喧嘩をし、クマ公、ババアなどと呼びながらも何百年も何千年も一緒に暮らしてゆくのです・・・。ずいぶん長生きです。映画の途中で、テディが壊れて出てこなくなっちゃうんじゃないかとハラハラしました。
ところで、あの少年のロボットは最初から、母親の愛情を欲しがる、というプログラミングがほどこされていたわけです。ロボットにまで涙を流させてしまう、人間も何とも想像力豊かで複雑なプログラミングがされた生き物です。いずれ人間と寸分違わぬ生体機能と、感情豊かな人工知能を備えたロボットができるとしたら、その時は人間もロボットと同じになるという気がします。そして今度はロボット達が自分が何たるかを考え悩み始めるんです。
感情豊かな人工知能を備えたロボットと、感情豊かな知能を備えた人間。ここでいつも出てくる“魂”というものの正体が、いつ科学的に解明されるのか、わたしは楽しみにしています。わたしのお粗末な脳味噌ではとても答えを出せません。
それにしても、このわたしのお粗末な脳味噌のプログラミングはいったい誰がしたのでしょう。父と母と兄と猫と友達とその都度周りにいた人々と、クワガタやカナブンや、青い空にもくもく浮かぶ白い入道雲、その他諸々。たぶんコンピュータのようにとっさに答えを出せないこの脳味噌は、なにか混乱する度に計算をはしょったり知らんぷりしたり、また、どうでもいいことに長々と煮詰まったり一休みしたりと、あまり効率の良くない処理をしてきたのではないかと思います。ここらへんの曖昧なことをコンピュータに処理させるのは難しそうです。
もう1年も残りわずかになってきました。来年用のミニカレンダーを作ってみました。VectorRoomにおいてあります。見ていただけるとうれしいです。

2003年10月26日

欲望は底なしです。今度はテレビ付き携帯電話だそうです。
電話が掛けられるだけで十分だと思うのですが。
いずれテレビ付き使い捨て携帯電話ができるんでしょう。居場所を失った八百万の神々は迷子です。ウロウロと迷子です。先日街で見かけた、ポリバケツの横でカラスと並んでひっそりと膝を抱えていたあの人が、あの人がもしかしたらそのひとりだったかも知れません。泣いてましたっけ。
テレビ付き携帯電話なんて私には生きてる限り必要なさそうです。が、もしウルトラ警備隊が持っていたような腕時計式の携帯電話があったら、ちょっと欲しくなるかも知れません。ピッとアンテナをのばして、手首に顔を近づけて話すあれです。数分後にはウルトラマンが現れます。街は破壊されます。交通網はズタズタです。しばらく仕事はお休みです。お給料がでないのでベランダで野菜を育てて慎ましく生きてゆきます。
最近物を買う時は、これが本当に自分に必要な物なのかどうか、じっくり自問自答してから買うことにしています。大概却下されます。鍋も布団も服も一通り揃っているので当面必要な物はないはずなのです。にもかかわらず先日閉店間際に走っていって、一度は却下されたガラス製の卓上クリスマスツリーを買ってしまいました。とても慎ましやかな生活などできそうにありません。せいぜいこのツリーを大切にして、迷子の小さな神様ひとりぐらいが落ち着ける場所にしたいと思っています。
LinkRoomにお星さまひとつ増えました。ひろっこさんの「 Hirroko’s HomePage」。猫がたくさんいます。
TheaterRoomに「オリビエ」追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2003年9月20日

夏の終わり、我が家のベランダはセミたちの墓場になります。今年はたった5匹でした。ひっくり返って足を広げ、空を仰ぎながら、ぶつぶつと何か呟いています。足が縮こまってしまったらもうさようならです。 彼らが何を呟いているのか、口元に耳をあてて聞いてみたい気もしますが、きっと私には理解できない言葉でしょう。そもそも言葉を持つんでしょうか。昆虫には自我がありませんから、それに対する他者もなければ、物の概念もありません。空は青いという認識もなければ、美しいという言葉も持ちません。
呟く言葉を持たないので、仕方なく元気だった時に震わせていた羽音を口真似しているかも知れません。地面にひっくり返ってみんな、口をとんがらかしてぶぶぶぶぶぶとかぴぴぴぴぴとかやってるんです。
昆虫に自我がないと決めつけるのはいけませんね。昆虫だった人やその記憶を持つと証明できる人はいませんから、昆虫の気持ちは昆虫のみぞ知るです。もしかしたらぶぶぶぶとかぴぴぴぴとか鳴いた後、辞世の句など詠んで死んでいくのかも知れません。
今年の夏はどれくらい盛り上がりましたか?盛り下がりましたか?
LinkRoomにお星さまひとつ増えました。「DESIGN・FESTA」ここは毎回盛り上がるようです。TheaterRoomに「スマイル」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2003年8月31日

夏がはじまらないうちに秋がやってきてしまったようです。今年の夏はぼんやりとしたまま終わってしまいました。子供たちの絵日記も盛り上がりに欠けそうです。
←とある町の郷土資料館に入ってすぐのところに置いてある、その資料館のジオラマ。
建物の上にゴジラが。そしてその正面にはウルトラセブンが。夢の競演です。今でもこうしてにらみ合っているのでしょうか。決着はついたのでしょうか。
LinkRoomにお星さまひとつ増えました。
ろじさんの“Kalokalo”。イラストと陶芸が中心のサイトです。
PlayRoomの「猫かるた」に「あ」と「け」と「そ」追加しました。
VectorRoomに、イラストレータ9.0で描いた絵をひとつアップしました。
見ていただけるとうれしいです。

2003年7月25日

なかなか暑くなりませんね。はたして夏はやって来るのでしょうか。涼しいのはいいですけど、私は夏に滝のような汗をかくのが大好きなのでなんだかつまらないです。まあ涼しい内にと、家の中の整理などしてみました。
心地のよい日に、写真の整理をするのは楽しいものです。
写真は子供の頃のものが多いので、どれもこれも屈託なく笑っていて、見ていると知らず知らずこちらも微笑んでしまいます。
我が家の者は皆不精者で、旅行へ行ってもカメラを忘れます。持っていない者さえいます。唯一、父がカメラ好きだったおかげで、小さい頃の家族写真がたくさんあります。でもカメラを向けても子供たちが無邪気に笑わなくなった頃から、写真の数がどんどん減っていきました。私が十代後半から先の“写真で見る家族の歴史”は、空白の時代といってよいほどです。かわりに猫や、庭の花や、どことなく淋しい風景の写真が増えていきました。
私の好きな写真で、小学生の頃、近所の友達数人で走り回って遊んでいる写真があります。父が傍らで写真を撮っていたという記憶はないのですが、カメラを抱えたまま私たちの後を追いかけていた父を思うと、少し胸が痛みます。きっと息が切れたことでしょう。
我が家には家族写真が山ほどありますが、その中に驚くほど父の写真がありません。カメラを構えているのが父なので当然です。一面に広げた写真の中に父の姿がなかなか見つからないのは淋しいものです。どこの家庭でもそういうものでしょうか。今はもう家族で出掛けても、あの頃のように激写のできるエネルギッシュな人がいないので、“写真で見る家族の歴史”は依然空白の時代が続いています。
久々にLinkRoomにお星さまひとつ増えました。
マサヲさんの“art blue”。写真が中心のサイトです。
TheaterRoomにも「夕暮れのロケット花火」追加しました。また読み込みにとても時間がかかってしまいます。毎回すいません。
見ていただけるとうれしいです。

2003年6月29日

猫はごみ箱にはいるのが好きです。
中に入ってごみを漁るのではなく、ただ行儀良く座って、中から外を見ています。何をするつもりでもなさそうなのですが、時々真剣な目をしていたりします。狩りをする時に物陰に隠れる習性の名残なのでしょうか。捨てちゃうよと声をかけても知らんぷりです。
猫は執念深いなどとも言われますが、わりと忘れっぽいです。朝、行って来るよと頭を撫でた時はいってらっしゃいませとばかりに見上げていたくせに、帰ってきたら初めて会うかのように人の顔を見たりします。まさか忘れたんじゃあるまいと抱き上げて顔を近づけても、まじまじと見つめるばかりです。君はお馬鹿さんだねえと思わず頬ずりします。
忘れるということは、当人にとって不必要な情報であるということです。人の脳も記憶という底知れぬ引き出しがあって、一度見たものは手当たり次第しまいこまれるようですが、どうでも良いことは片っ端から忘れていきます。見上げた青空にぽっかり浮かんでいた帽子形の雲もいったんは記憶されます。電線に並んでた雀の数も記憶されます。電車の中で手持ち無沙汰でやった計算遊びの切符の端に印字された4桁の数字も記憶されます。けれど、生きていくために必要ではないのでこれらはすべて消去されます。こんな情報を逐一覚えていたら頭の中はパニックになってしまいます。
時々、思い出すと頭をかきむしりたくなるような苦い記憶が蘇ってくる時がありますが、これもこうして思い出せるということは、自分が生きていくために必要なことなのかとあきらめます。
意識下に葬ってしまった膨大な情報は、たとえ忘れようとしても、思い出すことすらできないので、まるでどこかにもう一人の違う記憶を抱えた自分が生きているような気さえしてきます。
とまれ人は記憶するより、忘れる生き物のようです。だから私は自分のことも、物覚えが悪いというより、忘れるのが得意なのだと考えるようにしています。猫と似たり寄ったりです。
PlayRoomに「猫かるた」追加しました。読み込みにとても時間がかかってしまいます。
お時間のある時に見ていただけると、うれしいです。

2003年5月31日

雨が降った翌朝は、でこぼこ道にできた水溜まりに、決まってアメンボがすいすい滑っていました。小さい頃あのアメンボは、水溜まりから一夜にして生まれる不思議な昆虫だと信じていました。
どうしてそんな勘違いをしたかというと、アメンボは私が見た限りでは、水溜まりの上から離れることがなかったからです。どんなに乱暴に水面をたたいても、決して離れませんでした。飛んで逃げることができないのなら、この水溜まりの上で過ごすしかありません。生まれたのもきっとここです。水が干上がると消えて、雨が降るとまた現れる、そんなことを繰り返しながらこの小さな水溜まりの上で一生を送るんだとぼんやり思っていました。雨上がりの水溜まりのアメンボ、それはなんだかとても神秘的な出現でした。
後で知りましたが、アメンボはちゃんと空を飛ぶ昆虫でした。子供の私には、忍者のように素早い動きで水面から離れる一瞬の姿が見えなかったのです。謎が解けるとなんて事はない。水溜まりの上に一生居続けるわけではなく、どこからか飛んできて、またどこかへ飛んでいくだけなのです。
こんなふうに子供の頃はとても愚鈍で、謎が解けないがために、神秘的に感じるものがたくさんありました。ところでこのアメンボたち、最近とんと見かけません。どこへ行ってしまったんでしょう。やっぱり神秘的な昆虫で、大人になると見えなくなるのでしょうか。
TheaterRoomに“夜歩く”追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2003年4月20日

天気のよい暖かい日には、ベランダにテントウ虫がたくさん集まってきます。
洗濯物を干す時はテントウ虫たちをよけて、石飛をする要領でベランダをうろうろする事になります。間違って彼らを踏むと、足の裏にその感触が残るようで、とても気持ち悪いです。テントウ虫にしたら気持ち悪いどころではありませんけれど。
小さな昆虫たちにとって、こんなふうに人間と接近遭遇してしまう機会は、あまりないのかもしれません。地球上の広い空間に、人間は点在した状態で存在します。わざわざ私の家のベランダまで飛んできて、私に踏み潰されて死ぬなんて、よほど運の悪いテントウ虫です。以前、電車の網棚の上で、思い切り鎌を振り上げてるカマキリを見たことがあります。終点まで振り上げっぱなしでした。そのまま折り返し次の終点を目指すのかと思うとちょっと気の毒になりました。あまり長くない一生を満員電車で鎌を振り上げたまま過ごすなんて.....。杉の木などは、こんな風に私たち人間を憐れんでいるのでしょうか。まあデイダラボッチに踏み潰される危険はないからいいですけど。
人間は地球上では、植物を除いた自然物の総数から見ると、大型の生物です。もし小さな生き物たちがみんな、私たち人間と同じように、くよくよねちねちと思考する生き物だったら、人間の存在に対してかなり脅威を感じると思います。きっとすぐに人間を敵視するようになります。そしてそのうち人間を攻撃してきます。トンボが束になってかかってきたら怖いです。くよくよねちねちするということはまた、自分たちが生き延びるために戦い続けるということです。この能力が人間に限られているのは不幸中の幸いでしょうか。それとも幸い中の不幸でしょうか。
時々は、しみじみ自分が人間でよかったと思うことがありますが、日溜まりにひっくり返って実においしそうに自分の手なんか舐めてる猫を見ると、こいつの方がいいかなあとも思います。
VectorRoomにイラストレータ9.0で描いたお絵かき、ふたつアップしました。見ていただけるとうれしいです。

2003年3月28日

沈丁花が香る季節になりました。
自分が暮らす国に、季節が四つもあるということは素敵なことです。
それぞれの季節自体を楽しむこともできますし、季節の変わり目には、その変化をいろんな気分で味わうこともできます。春先はちょっとわくわくします。なんとなくいいことがあるような予感がします。予感はたいがいはずれますが、それでも楽しいです。
←豆粒のように小さいお雛様。以前誕生日に母親からプレゼントされたものです。ピンセットで飾ります。ひとつ並べるとお隣のひとつがひっくり返って、毎年悪戦苦闘です。お雛様を飾る正式な期間を知らないので、三月いっぱい飾っています。もうじきまた長い休暇に入ります。いいですね。
TheaterRoomに“アパート ”追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2003年2月16日

朝、駅へ向かう途中、ゴミ集積場に捨てられたぼろぼろのお人形を見ました。
山積みになったゴミの一番てっぺんに、ちょこんと乗っていました。
その置かれ方に少し不自然なものを感じました。まるで誰かがゴミの中に埋もれている人形をわざわざ拾い上げて、一番てっぺんに乗せ直したかのようです。
持ち主の子供によほど可愛がられたのでしょう、その人形はかなりぼろぼろです。ビロード地の体はほとんど擦り切れています。色んなパーツは取れた後また付け直したようです。片時も離さなかったのでしょう。子供は人形に命を吹き込みますから、自分で捨てたりするはずはありません。でももし母親が、汚いから新しいのを買ってあげる、などと言ったのなら、子供はしばらく人形をじっと見つめるでしょうが、その後でこっくりとうなずくんじゃないかと思います。もうあたまの中は新しい人形のことで一杯です。お人形は捨てられて、ふてくされて、ゴミの山の一番てっぺんまでよじ登り、曇り空を見上げ、やってらんねえやとつぶやいているのです。
でも実際に人形がひとりでモソモソと動き回ることはできないので、私はこんな風に想像します。
子供があまり言うことを聞かないので、怒った母親が、罰としてお人形を捨てました。でもあれだけ可愛がっている人形を本当に捨ててしまうことはできないので、お山のてっぺんに見つけやすいように乗せておきました。もうじき子供が人形を取り返しに、息を切らせて走ってきます。収集車が来る前に間に合えばいいのですが。
TheaterRoomに“公園にて ”追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2003年1月30日

ニャンチューパンチ。商品名です。
タグには「これは猫専用の玩具ですので、猫以外のものに使用しないでください。」と書かれていました。いわれなくてもしないです。でも実家の三毛猫が老猫にもかかわらずかなりの関心を示したので、五~六発華麗なパンチが出た後、すかさず取り上げてしまいました。結構リアルにできているので、ズタズタにされるのを見ているのはいたたまれないです。ネズミのくせに体はウサギの毛でできてます。ウサギの毛は猫の野生を呼び覚ますようです。下半身がボールになっているので、微妙にぐらぐらする動きがこれまたたまらないようです。取り上げた直後の老猫のギラギラした目がなんともいえなかったです。 ニャンチューパンチは、いまテレビの上でぐらぐらしています。発売元の会社でこの商品の宣伝会議をした時も、会議室のテーブルの真ん中で、大人達に囲まれながらぐらぐらしていたのでしょうか。可愛いやつです。
PlayRoomに「幻灯」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2002年12月23日

早いものです。年の瀬です。もういくつ寝るとお正月でしょうか。年末は毎年忙しくて、ほんとうにお正月がくるのかどうか不安です。
うちの父は工作が好きで、この時期になるとよく凧を作っていました。お正月には近くの空き地にあげにいったものです。一度とても大きな立体型の凧を作り、それがまた見事に高くあがって、太い糸を使っていたにもかかわらず切れてしまい、兄と二人そこら中探しまわったことがあります。
糸の切れた凧は幸せそうでした。青い空に見る見る小さくなっていきました。
あの時猫の人形を凧にくくりつけて飛ばそうかと話していたのですが、止めてよかったです。巨大凧は結局見つからず仕舞いでした。
わたしが子供だった頃のお正月は、町中も商店街もひっそりと静まり返り、清潔な感じがしました。お正月はだらりとしているのが一番いいです。みなさまもどうぞよいお正月をお迎えください。
TheaterRoomに「12月には」アップしました。見ていただけるとうれしいです。


2002年11月26日

←実家の三毛猫です。(地球儀は大きさの目安です)
次の春がくると19になります。
人間だったらもう大学生です。
家族の中で一番寡黙で思慮深く、行儀がいいです。
ふだんはとてもおとなしいのですが、一度言いだしたらきかないところがあります。
何を考えているのかさっぱりわかりません。
随分前にデジカメを買ったのですが、あまり活用していませんでした。時々ここにのせていこうと思います。
それにしても今年の秋は虫の音があまり聞けませんでした。淋しいです。
TheaterRoomに短編「鏡」と「恋文」ふたつアップしました。見ていただけるとうれしいです。これからは寒さが深まります。お風邪など召しませんように。


2002年10月27日

モンスターメイカーズという本を読みました。小さい頃見たくて見たくてたまらなかった数々のモンスター映画、そのモンスターたちを作り上げた人々の話でいっぱいです。
昔の映画のモンスターたちは、アニメーションか着ぐるみかマペットショーといったところです。今のようにCGで作られたモンスターが、人間の役者たちと同等の存在感でリアルに動き回るというわけにはいきません。それでもあの頃ストップモーション・アニメーションで作り出されたモンスターたちの動きは、当時の子供たちを魅了しました。わたしは今でも、ハリーハウゼンのシンドバットシリーズや神話ものに出てくるモンスターたちの方が、CGの恐竜よりも好きです。ストップモーション・アニメーション独特の不自然な動き、あれはフリッカーというのだそうです。あの微妙なぶれがまたこの世の生き物でない、なんともいえない味になっていました。ただ、私がこれらの映画を実際に観ることができたのは、随分と大きくなってからでした。映画館で見た事はありません。小さい頃の行動半径は、走り回れるだけの範囲です。息が切れたところが地の果てです。一人で映画館のある街までバスや電車に乗ってゆくことはできませんでした。当時の子供たちはだいたいそうだったのではないでしょうか。今のようにビデオなんてなかった時代です。モンスターたちの写真が載った雑誌や本を見ながら、ああだねこうだねと、ひたすら想像をふくらませたものです。ハエ男の恐怖を初めてテレビの深夜放送で見た時はうれしかったです。今は比較的楽にほしいものが手に入りますが、手に入らないものを手のひらに乗せたつもりで、ためつすがめつ眺めていると、また違ったものが手に入ることもあります。それはそれで貴重なものです。
TheaterRoomに「満月」追加しました。見ていただけるとうれしいです。


2002年9月22日

今度こそ本当に、夏が終わってしまったようですね。
でも今年の夏は強烈だったのでなんだか油断できません。ウハハハハと魔人のように笑いながら舞い戻ってきそうです。
夏休みは実家に帰って魚釣りしてきました。クロダイを釣ってしまいました。釣り人が憧れてやまない魚だそうです。にわか釣り人のわたしには、あんまりありがたみが分かりませんでしたが。さっそくお夕飯にいただきました。なかなか立派な魚でもうおなかいっぱいでした。
考えてみると、夕飯に出されるというのはすごいです。私たち人間が夕飯に出されることは、まずないです。以前NHKが深夜に海の番組を放送していましたが、あれを見ていたら魚たちの人生はなかなか過酷なんだなと思いました。どこにも平安がないという感じです。昆虫だってそうですが、力尽きたセミは地面に落ちて、まだ息がある内に他の昆虫にバラバラにされて運ばれてゆきます。川面に落ちた蝶もまた同じような最期を迎えます。それに比べれば人間は良い方です。人間には捕食者がいませんからね(地域によってはクマやライオンや大イグアナなどいますが。)食べられて死ぬってことはめったにないわけです。
魚釣りをする時に必ず考えてしまうことがあります。イソメについてです。辞書を引くと“釣りのえさ用”とあります。陸に放置されてるイソメはあっという間にアリンコにたかられます。水中では魚たちの餌食となります。しめしめ順調に育ってんなオレと思ってると大きい分だけ目立ってすぐ魚に見つかるでしょうし、君たちは大往生というものとは無縁なんだねえ、とイソメの胴体をハサミでちょきんちょきんと切り分けながらしみじみします。そしてそんなわたしは地球上で最も残酷なヒト科の生き物であると実感します。
最近、久しぶりにイラストレータ9.0でお絵かきを楽しんでいます。もうこのバージョンも古くなりましたけれど。描いちゃやめ描いちゃやめしてますが、ふたつほど描けたのでアップします。見ていただけるとうれしいです。


2002年8月22日

夏はもうおしまいでしょうか。夜は随分と涼しくなりました。永遠に続くのではないかと思ったほどのあの暑さも、どこかへいってしまいました。何にでも終わりはくるものです。
一時暑さしのぎのために、以前録画したホラー映画など見ていました。ハマープロなどの古典的なホラーやモンスターものばかりです。でも西洋のホラーはあまり怖くありません。怖いというよりびっくりするという感じで、一瞬カッと血がのぼるので逆効果です。納涼には四谷怪談などの方が、背筋がゾッとしていいです。
古いホラーやモンスターの中では、ミイラ男が一番怖くて好きです。ドラキュラのように人間臭く紳士然としていたり、狼男やフランケンシュタインのように己が存在や孤独に苦悩したりしません。王の墓が暴かれたその場に居合わせた人間を皆殺しにするべく、虚ろな眼で包帯を引きずりながら夜な夜な街をさまよいます。墓を暴くのを制止した、けれどその場に居合わせてしまった不運なエジプト人も例外なく殺されます。命乞いは無駄です。理屈や説得や愛や友情は通用しません。ミイラ男に涙は似合わない。そんなミイラ男が好きです。造形的に一番好きなのは、大アマゾンの半魚人です。いつも口が小さい子のように半開きです。こっそりと美しい女性の後をついて泳ぐこの純情なモンスター、最後に銃で撃たれて死んでしまいますが、見る度に気の毒になります。
久々にLinkのページにお星さまひとつふえました。友永たろさんの“ぼくのすいぞくかん”。お昼休みにここの水族館でゆっくりするのが好きです。リンクさせていただきました。Theater Roomにも “昼下がり” 追加しました。見ていただけるとうれしいです。


2002年7月17日

←水飲み鳥。確信はありませんが、こんな名前だったと思います。かつて大流行しました。
まったくこんなものが地上にあって何の役に立つのかな、という代物ですが、こういうなんの役にも立たないものが思いがけず人々から愛されます。最近見かけません。こいつに帽子をかぶせた人は誰なんでしょう。お尻についてるほんの申し訳程度の羽根もほほえましいです。
左の絵はPLAY ROOMにおいてあるギロのバーの、最初のデータ読み込み中に表示してるものですが、このギロのバー、そろそろ限界かもしれません。ボトル毎のアニメが長くなってきたので、データの読み込みが間に合いません。苦肉の策として、データが読み込まれるまで、ボトルをクリックしても反応しないようにしています。そうでもしないとアニメが途中から読み込まれてしまうのです。すでに以前のボトルをご覧になった方には、非常に不評だと思います。すいません。客もねこ一匹であがったりです。それでもまたニューボトル1本いれてしまいました。見ていただけるとうれしいです。


2002年6月30日

ワールドカップ満喫しましたか。
始まった頃は随分と異常な空気で盛り上がっていて、日本人はこんなにもサッカーが好きな国民だったのかと、サッカー音痴のわたしは意外に思ったのですが、日本が敗退したとたんみるみる潮が引くように盛り下がってしまったようです。サッカー好きというよりお祭り好きなんでしょうか。やっぱりお祭りは輪の中で踊るのが一番盛り上がるようです。
サッカーはわたしにとって、小学校中学校とサッカー部がなかったためか、あまり馴染みのあるスポーツではありません。細かいルールが分からないので、残念ながら見ていても今ひとつ楽しめません。派手なシュートでゴールを決めるよりも、トリッキーなドリブルの方が見ていてお、お、なんて楽しめます。器用なものです。
それにしても、よく転ぶスポーツです。大の大人が転ぶ姿など普段あまり見ることがないので、誰かが転ぶとしばらくその人に釘付けでした。ゴール際の混戦や、審判と選手の激しいやり取りの時など、勝手にアテレコして楽しみました。どうも正統なサッカー観戦ができないようです。馴染みのないスポーツを観戦するのってこんな感じです。カバディなんかもう、ちんぷんかんぷん。
TheaterRoomに“星をひろった話”を追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2002年5月28日

久しぶりにギロのバーにボトル1本追加しました。
今回は、二人(もしくは二匹、もしくはあいつら)にチェスなどさせてみました。アニメのチェス盤上の駒の動きは、実際の対戦であった史上最短の手です。わずか4手でチェックメイト。(1-白e4、黒c5 → 2-白d4、黒c×d4 → 3-白ナイトf3、黒e5 → 4-白ナイト×e5、黒クイーンa5そして白投了)カエルのマスターは考えるわりに弱いです。こどもはこの手のゲームで大喧嘩になることがあります。男の人は大人になってもカッカするようです。
将棋や囲碁は割と知られていますが、チェスを楽しむ人はあまりいないようです。どちらかというと、インテリア、でしょうか。相手がいないので、一時コンピュータチェスゲーム盤を使っていました。とても強いです。コンピュータのゲーム盤と勝負していて腹が立つのは、なんというか、暖かみに欠けるという点です。コンピュータは次の手を考える間中、小さな赤い豆ランプを点滅させます。こちらがああかこうかと、さんざん考えて駒を動かした後で、コンピュータはいともあっさりと次の手を指定してきます。だから豆ランプはほんの数回点滅するだけです。自分で駒を動かすことはできないので、指定した位置にこちらが動かしてやります。次にまたこちらが、さんざんさんざん考えるわけです。カエルのマスターのごとくです。さあこれでどうだとばかりに駒を動かすと、次の瞬間にはもうコンピュータは答えを指定してきます。こんなことの繰り返しです。だんだんと腹が立ってきて、すこしゃ自分でやれなどとコンピュータに悪態をついたりして、思わず苦笑します。嘘でもいいからすこしは考えるフリをして、その間ウーとかアーとか、シェーそうきたかあとか言ってくれると、もっとゲームが楽しくなると思うのですが。もう随分前の製品なので、今はそんなサービス精神旺盛なゲーム盤もあるかもしれません。需要が少ないからないかなあ・・・。
求む!グチったり待ったをかけたりするコンピュータチェスゲーム盤!
まあ待ったをかけられるほど、こちらが強くないんですけどね。
くろねことカエルのチェス対戦、見ていただけるとうれしいです。

2002年4月20日

休日はみなさんいかがお過ごしでしょうか。
わたしは、まず朝風呂です。洗面所で顔を洗うのが嫌いなので、休日の朝は一番でお風呂に入ります(平日の朝はそんな優雅なことしてる時間がないので、アメーバのように布団から這い出てきて洗面所で洗顔します)。それから午前中いっぱいで掃除洗濯をすませます。お部屋がきれいになったところで、とびきりおいしいコーヒーをいれ、好きな音楽など流し、コンピュータを立ち上げます。お天気が良かったらもういうことありません。ああなんて幸せなんだろ、今日はなに描こうかしらと・・・単細胞な私が日々生活の中で、しばしば味わう至福の時のひとつです。うちの兄は生まれてこなけりゃよかったというような言葉をよく口にするんですが、我が家で一番幸せに見える人がこの人です。不思議です。兄は2~3年アイルランドで暮らしたことがあり、その頃知り合ったフランスのお友達が、時々夏休みに遊びに来ます。噂には聞いていましたが、フランス人って、本当に1ヶ月まるまるバカンスなるものがあるんですよね。純粋なお休みが1ヶ月間ですよ。我が国では学生時代が終わったら、そんな贅沢なもの二度と手に入りません。
私が勤めている会社は完全週休二日制なので、まだいい方です。両方体験しましたが、隔週と完全ではゆとりの持ち方感じ方がまるで違います。贅沢を言えば、真ん中の水曜あたりにもう一日休みがあるといいのにな、なんて思ったりします。なんだったら火曜と木曜でもいいし、いっそのこと火・水・木と続けちゃうともっといいかも。でもって一週間に一回くらい鉄道でストがあってお休み、一ヶ月に一回は誰かのお誕生日でお休み、それとも今日は私のなんでもない日でお休み、どこの学校の開校記念日でも全国的にお休み、オリンピック開催期間は全世界的にお休み(オリンピックは1年に4回)、ゴジラが日本上陸期間は文句なしにお休み、ねこがくしゃみしたのでお休み、犬が産気づいたのでお休み、お休み、お休み、お休み・・・・・どうでしょう?
だめかしら。
久々にLinkRoomにお星さまふたつ増えました。
TheaterRoomにも「トランプ」追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2002年3月13日

私はよくアニメのストーリーや動きを頭の中で考えます。頭の中で考えている時は、かなり細部にわたった動きも、なんせ頭の中なので自由自在に楽々できます。けれども、これを実際にそして忠実に、フラッシュなどアニメソフトのフレーム上で組み立ててゆくのは、なかなか根気がいります。もしかしたら、頭の中でシミュレーションしている時が一番楽しい時かもしれません。先日乗客の少ない電車の中で、かなり夢中でやってしまい、気がついたら怖い顔になってました。斜め前に座っていた人が新聞の端から、なんかすごいの見ちゃったなーという顔でこちらを見てました。あわてて真顔に戻したつもりですが、もともとそんな顔なのでたいした変わりはないかもしれません。
考えてみると自分の顔(およびその表情)というものは、一番馴染みがない顔という感じがします。まあ一日中でも自分の顔をうっとりと見つめていたい、もしくは見つめていられるという人はその限りではないですが。目玉は顔面にぴったりとくっついているので、30センチほど飛び出してからぐるっと振りかえりでもしないと、自分の顔を直接見ることができません。朝晩洗顔の時、洗面所で髪を直す時、それぐらいしか確認する機会がありません。だから、とっさに自分の顔を思い出そうとしても、正確に思い出せません。鏡に映った顔というのも結局鏡像ですから、左右反対になっているわけです。完全にシンメトリーの顔でない場合、鏡に映った顔というのは、周りの人が見ている顔と印象が違うのかもしれません。写真もある一瞬、断片だけを切り取ったものです。ビデオなどで撮ったものも、音声が随分と変わってしまうように顔も異質なものになってしまっている、という感じがします(それともこれが自分だと信じたくないだけなのか)。とにかく、自分の顔でありながら、いきいきと生活の中で動き回る顔、表情というものを一度も直に見ることなく人は生き、そして死んでゆくのです。だから恋人達はじっと互いの瞳の奥を見つめ合い、その中に映った本当の自分の姿を見つけようとするのでしょうか。なんてね。まとまったかしら。
TheaterRoomに“冬の夜一匹のねこが”追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2002年2月23日

色が好きです。(colorの方ね)
どんな色でも好きです。いろんな色のいろんな組み合わせが好きです。
手芸屋で刺繍糸がグラデーションでズラーッと並んでたりすると、側を離れたくないです。
小学生の頃、お絵描きの時、パレットの上に絵の具を全部ズラーッと並べ、それらをいろんな組み合わせで片っ端から混ぜ合わせました。すると、加法混合の宿命でパレットの上の絵の具は限りなく黒に近づいてゆきます。
休み時間に流しで洗う時、みんなのパレットが赤青緑きみどりと、とてもきれいなのでうらやましかったです。それにひきかえ私のパレットときたらまるで悪夢のように黒々として・・・劣等感すら持ったものです。でもおかげで、これとこれを混ぜ合わせると何となくこんな色、というのがだいたい直感的に分かります。
最近は不思議な画材がいっぱいあります。
illustrator photoshop painter flash strata・・・・まだまだ知らないのがいっぱい。アンドゥがきけばきくほど好きです。
バー・ギロに音を付けてみました。ボトルも1本増やしました。
見ていただけるとうれしいです。

2002年2月9日

まだまだ寒い日が続きますね。わたしは多くの女性同様冷え性なので、冬は辛いです。
女性といえば、子供の頃放送していたアニメのムーミンに出てくるスナフキンは、当時女子には絶大な人気がありました。いまだに、理想の男性のタイプは?と尋ねると、スナフキンみたいな人!と真顔で答える女性がいます。わたしはといえば、ムーミンが好きです。理想のタイプとかではなく、ムーミンそのものが好きです。ムーミンになりたいのです。ムーミンが羨ましいのです。ムーミンは冬眠をします。確か、ムーミン谷の住民が冬眠にはいって静まり返りシンシンと雪が降り積もる中、ひとりスナフキンが村を出てゆくというシーンがあったと思います(スナフキンは冬眠しないのですね)。この季節になると朝布団の中でムーミンのことを思い出して、いいな~あいつは、などとつぶやいたりします。時にはこれが、起きる際の掛け声にもなります。
はじめて熊やトカゲなど、冬の間冬眠をする生き物の生態を知った時は、人間が冬眠をしない生き物であることが非常に残念でした。残念を通り越して、腹が立つことさえありました。とにかくもう冬の朝はつらいんです。問題はきっと寒さなんでしょう。その証拠に、夏眠をする生き物を羨ましく思う気持ちはまったくありません。むしろ気の毒ですらあります。冬の朝の寒さを跳ねかえして布団から出てゆく勇気。こいつです。わたしに欠けているものは(正確にいうと欠けているたくさんのもののひとつは)。わたしの上を通り過ぎていった大勢の、色んな音を発する目覚まし時計たち。一列に並べたら何メートルぐらいになるんだろう。
小さい頃セーターを着る時、地肌に直接生地が触れないように、必ず下着の袖口のところをしっかりと手首のところでつかんで、セーターの袖を通していました。チクチクして痛いからです。大人になると不思議とやらなくなります。昔と違い昨今のウールが上質になったせいなのでしょうか。でも、いまでもチクチク感じるといえば感じます。ということは時を重ねるにつれて、人は諸々の刺激に慣れてゆくということなんでしょうね。淋しいことに、小さい頃は朝道に霜が降りているだけで、なんだか楽しくてしょうがなかったのに、そういったものにも慣れていってしまいます。なのに冬の朝の寒さだけはいつまでも慣れないのはなんでだろ。うまくいかないもんです。
PlayRoomにWonderPalette追加しました。見ていただけるとうれしいです。

2002年1月14日

去年からテレビ東京で「男はつらいよ」をずっとやっています。
48本全作放映するようなので、この機会に全部見るつもりでいます。
考えたら私はこの国民的映画を、時々日曜洋画劇場でやっていた作品1、2本しか見たことがありませんでした。寅さんがよく言う“けっこう毛だらけ猫灰だらけおケツのまわりはくそだらけ”というセリフに、家族みんなで大笑いしたのを覚えています。でも実際にこんな人が身近にいたら周りの人は苦労するのよねえ、と母がしみじみ言っていたのも覚えています。いま放送しているのは、まだ十数本目ぐらいのずいぶん古い作品ばかりです。
やっぱり渥美清はいい役者さんですね。映画自体もいい映画です。芝居も演出も細かいです。そして、今はあまりいなくなった日本人や日本の風景がたくさん見られます。なんだかとても懐かしいです。これが作られた当時私はもう生まれていたので、幼少でもこの時代を直接肌で感じていたから、懐かしいという感じがするのでしょうか。ずっと若い人たちも同じ懐かしさを感じるのでしょうか。
古いドキュメンタリーなど見てると、当時の日本人はとても美しい日本語を話しているので、びっくりします。時の流れと共に言葉が変わってゆくように、日本人そのものもずいぶんと変わったのだろうなと思います。そのうち突然変異が生まれるかもしれません。テレビのスイッチ消すと、自分のスイッチも切れちゃう人とか。
それにしても、ついこの間2000年でしたよね。それがもうあっという間に2002年です。明日目が覚めたら何年だろ。こわいです。だんだんと時間がなによりも貴重に思えてくる今日この頃です。
みなさまの2002年が、充実した良い年になりますように。なんたってこの地球上にたった一度しか訪れない2002年ですから。 BarGiroにボトル2本増やしました。見ていただけるとうれしいです。

2001年12月16日

PlayRoom に、「バー・ギロ」開店しました。
下戸のオーナーがカエルのバーテンダーを雇い開店したので、いまひとつバーらしくないかもしれません。
いまのところ常連はくろねこだけです。今後少しずつボトルを増やしていきたいと思っています。
“ お酒に強い人”もしくは“お酒を飲める人”というのはどうなんでしょうか。
多少は酔うけどまっすぐ歩ける。飲んでも飲んでも水飲んでるのとほぼ同じ。飲むとどうしてもおでこにネクタイしめたくなっちゃう。
いろんなタイプの人がいるのでしょうが、私の場合は体がまったく受け付けません。
ガソリンをコップになみなみとついで、さあどうぞと勧められるようなものです。
まあお酒が飲める人だってこれは無理でしょう。きっと口元まで持っていってもその先飲み干すことはできないだろうと思います。体が受け付けないものを嚥下するにはかなりのエネルギーと決断力がいります。
最初になまこを食べた人はスゴイなどといいますが、あれは、体がなまこを受け付けるということを潜在的に知っていたので可能だったのです。どんなに飽くなき食欲を持つ人類でも食べられないものは未だに食しません。地球儀だとか、窓ガラスだとか。あ、なんかガラス食べてた人見たことあるな。
一年に一回くらいふと、飲めるようになったかもわたし、などと思い赤玉ポートワインみたいなかわいいお酒を飲んでみます。そして、よくまーこんなまずいものがのどとおってゆくもんだな~、と改めて思います。進歩なしです。

2001年11月4日

スチュアートリトル見ましたか? 今頃なにいっとると言われそうですが。
けっこうリアルなネズミのCGなので嫌いな人もいるようですが、わたしは大好きです。
スチュアートが歯磨きした後、鏡に顔を近づけてアーハと確認するシーンが一番好きです。
前から見ると口がおっきいのもかわいいですね。
ガックリと肩を落とした姿もなんとも愛らしいです。
猫たちもたくさんしゃべっていて実に楽しかったです。
うちに帰って玄関開けると下駄箱の上にスチュアートが座っていたりしたらうれしいだろうなあ、などとおもう今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
またリンクのお部屋にお星さまひとつふえました。
あんみさんの“Aming”。まだまだ秋の夜長、夜更かしなどいかがでしょう。
TheaterRoomにCrescentMoonひとつアップしました。
見ていただけるとうれしいです。

2001年10月17日

一週間ほど実家に帰って釣り三昧してきました。
堤防釣りが一番面白かったです。ただのんびりしたという感じですが。
上空ではとんびがぴーひょろろ~と啼いておりました。
どうもとんびたちは、あたまにぴーをつけないと啼けないようです。
時々鳥たちは、飛ぶこと自体を楽しんでいるように見えます。
長く大きな翼を広げたままみごとに風に乗って、青空をゆっくりと旋回する姿は見ているだけでも気持ちいいです。
きっと鳥たちも気持ちいいのだと思います。
近くに寄ったら、大声で歌でも歌っていそうです。
新しいテレビ買いました。久しぶりに「ガメラ対ギャオス」を見ました。
昭和40年代の怪獣達はほとんどヘタウマイラストのようです。ガメラもギャオスもなんかデッサンくるってる感じ。昔の怪獣達はどれもこれも可憐といって良いほどです。
対策本部には、腕を組んでちくしょうガメラがいてくれたらなあ等とつぶやく子供や場違いな大人達がたくさんいて、これまた愉快です。
大人になって、あちこちつっこみながら見る怪獣映画もまた一興。
今はゴジラもガメラも随分と凶悪な面構えになりました。
久々にリンクのページにお星さまひとつふえました。
soraさんの人工空楽園。広ーい空間なので、秋の夜長ゆっくといかがでしょう。
ひとつですがVectorRoomに10月のルナパークアップしました。
Topページもすこし変えました。寒くなってまいりましたがお風邪などめしませんように。

2001年9月22日

お月見しましたか。
満月の時はほんとうに、お月さんには餅つきをしてるうさぎがいるように見えます。
よその国の人には何に見えるんでしょう。
それにしてもお月見のおだんごは、どうしてあんなにおいしそうに見えるんでしょうか。
チビ太が食べてたおでんもおいしそうでした。
Theater Room に アコーディオンの夜 を追加しました。
またまたいきあたりばったりのアニメですが、見ていただけるとうれしいです。

2001年8月19日

今度はテレビが壊れた。
時々思い出したようについたりするので、修理に出すわけにも買い換えるわけにもいかずそのまま放ってあります。二日おきぐらいで写るのです。
自分はあまりテレビを見ない方だと思っていたのですが、テレビがストライキ中に時間をもてあましたりするので、結構テレビ人間だったのかとおもい知ります。
筋金入りのテレビ人間だったらすぐに電気屋を呼ぶんでしょうけど。
まあテレビがないと読書がはかどってよいです。
Theater Room に Trick Star ひとつ追加しました。
見ていただけるとうれしいです。

2001年8月11日

10数年使っていたオーディオのCDが壊れてしまいました。BGMがないのも寂しいのでテープを聴いていたのですが、あまりないのでついに聞くものがなくなってしまい、最後に落語のテープを引っぱり出して聴きました。面白いのですがお絵かきが集中できない・・・。
ずいぶん前に落語本を読むのにはまったことがあります。通勤の電車の中で読んでいました。電車の中なので当然黙読です。でも頭の中では見事な落語が始まるのです。もーこれが、もしかして私って落語家になるべく生まれてきたのでは、と思うほどの出来映え。うちに帰って玄関を開けると猫が待ってる。おっタコ、なにひっくりけえってんだい、今日もゆでだこかい、ご隠居にもおしえてやんな。などとすっかり落語のノリでございます。自分の部屋に入るとさっそく落語本を取り出し声を出して、えー、熊さんや~八っツアンやとやってみるんですが、これがひどいもんで。もうがっくり。なんだやっぱり芸は日々のたゆまぬ努力の上に積み上げてゆくものなのね、と痛感したものです。頭の中では完璧だったんだけどな。
それとも、頭の中では誰もが完璧な落語家になれる! 違うか・・・、一度おためしあれ。
TOPページの表示がとても遅いので軽くしました。
Vector Room のイラストレータ9.0 にもひとつアップしました。
見ていただけるとうれしいです。

2001年7月30日

かねてより懸案となっていた、ネットスケープに於けるウィンドウのリサイズ時のレイアウト崩れを解決しました。レイヤーさえ使わなければ済んだことなのに、仕事でしばらく編集ものが続いたので、無性に何か作りたくなって2回目の全面リニューアルとなってしまいました。Play Room のきせかえもできるようになったと思います。(Flash の Plugin バージョン5.0を入れてくださいね。)
それにしても早いものです。もう8月ですか。
猫切れ禁断症状極限状態に達しています。早く実家に帰って老猫をなでまわしたいです。きっとやな顔するんでしょうけど。
実家の近くには海があります。
時々つり上げられたエイがうち捨てられています。
エイは毒針を持っているのできらわれるようです。
太陽にさらされてコンクリの上でひからびて横たわっております。
当然死んでおります。なのに顔はニコニコと笑っているので妙な感じです。
死んでも笑顔。わたしにもできるかしら。
ちょっとバテぎみでお絵かきしてません。サイト全面リニューアルということで・・・。
見ていただけるとうれしいです。

2001年6月2日

足が痛い。猫にかまれました。
本当言うと今年の誕生日プレゼントに兄からもらったタイ製の木彫りの猫をおもいきり蹴りました(猫も痛いか)。なかなかいい表情してるんですこの猫。実物大でぐるっと丸くなって寝てて、手作りのためひとつひとつ表情がちがいますなんてお断りしてあるやつです。いつもむつっとした顔して寝てます。
最初のうちはそんな寝姿を見てはニヤニヤしていたんですが、最近は床にどかっと転がっているだけって感じになってました。そしたらおもいっきりやってしまいました。猫って時々こういうことしますよね。
あまりべたべたされるのもごめんだけど放っておかれるのもいや、たまには抱き上げて頬ずりでもしてくださいよってことなのでしょうか。どこかで日向ぼっこでもしてたのか抱き上げると暖かくて、ぬいぐるみのようなにおいのする背中に顔を埋める・・・至福の時です。
今年は忙しくて5月の連休に実家に帰れなくて猫を抱けませんでした。猫切れです。禁断症状出てます。道で猫を見かけると立ち止まってじっと見てしまいます。猫の方もそんなわたしをじっと見ます。猫ってそういうことしますね。
フラッシュで紙芝居作りました(とてもアニメとはいえない)。習作ってかんじですが、せっかく作ったのでアップしてしまいます。動かすのってむつかしいです・・・。

2001年5月1日

夜空に浮かぶオレンジ色の三日月なんかをみるとむらむらとお絵かきしたくなります。
ひさしぶりにイラストレータ9.0でひとつ書き上げました。イラストレータは9.0.2のマイナーバージョンアップでG4での描画速度がぐんとアップしたようです。それでもフィルタ使いすぎると頭かきむしりたくなります。
Flash勉強中。勉強なんかろくすぽしたことなかったのになぜ今頃・・・つけが回ってきたのでしょうか。
Flash立ち上げるときフラーシュッと叫びます。きっと今のうちだけね。

2001年4月20日

伊香保温泉に行って来ました。新婚旅行といえば熱海。愛人旅行といえば伊香保。私は家族で行って来ました。1泊です。トホホ。実家には年老いた猫がいるので最高1日半しか家を空けられません。帰ったら狂ったように泣いておりました。かわるがわる抱いて、おまえが死んだらゆっくり行くよといいました。
Flash買ったんですが、今まで読んだ中でいっちばんわかりにくいマニュアル。なにか初心者向けの良いのあったら教えてください。
リンクのページ作りました。私のお気に入りのサイトにリンクさせていただきました。広がっていけるとうれしいです。

2001年3月

21世紀明けて開いた初めてのホームページ。
表示時間がかかりすぎるなど、課題は多々あるようですが、なんかあきちゃったのでリニューアルしました。
NNでご覧の方は本当にすいません。もっと精進します。
VectorRoomに新しい絵を3つほどアップしました。
見ていただけるとうれしいです。